自分が持っている観念を知る

こんにちは、自由スピ旅人のtomomiです。

いつも、私のブログを読んで
くださいましてありがとうございます。

私達の感情の1つの怒りという感情に
困っている人は多いのではないでしょうか。

怒ってはいけない。

と世間では言われています。

なぜなら、一時の怒りは
自分を見失ってしまうから。
麻薬と同じなんです。
自分の中の神性を見失うから
相手も自分も傷つけてしまう。

怒りは、原動力とも言われていますが
それは怒り自体を原動力に
しているわけではないと思います。

例えば差別の反対運動に立ち上がる人も、
差別を受けて悲しかった
苦しかった
理解されなかった

怒り

理解されたい、差別を変えたい、
無くしたい為に立ち上がる

といったように、
怒りが根底にあるわけではなくて
その前の悲しかった、苦しかった
理解されなかったといった
部分をしっかりと理解できているからこそ、
その後の発展のエネルギーに
変え、行動を起こすことが出来ています。

反対に、怒りに任せて相手を
傷つけたり殺してしまったりする人は、
怒りの前の根底の部分をしっかりと
理解できていません。

だからこそ、腹が立つ、ムカつく
傷つけてやる、と怒りに支配され
自分を見失ってしまうのです。

怒りに支配されている人や
怒ってはいけないのに、
怒ってしまう人というのは、
自分が怒ってしまう時に、
どんな観念を持っているかどうか
を知る必要があります。

観念とは、自分が当たり前だと思っていることです。

その当たり前から、
外れてしまった時に人は怒ります。

例えば、
店員に横柄な態度を取られたら怒る人は、

店員は丁寧に接客しなければいけないといった観念を持っています。
反対に自分に不快な思いをさせてはいけないといった観念もあるかもしれません。

社会での当たり前といったことは、
その社会が決めたことであって
個人の感覚ではありません。

あなたはなぜその観念を持っているのか?

ぜひ、今一度考えてみてください。