殴られまくりの高校時代。

 

 

中学3年、
私は地元にあるバレーボールに力を入れている高校に入学したくて、必死で受験勉強をしました。

なぜなら、
中学の部活動がなんとなく、楽しかったから、
バレーボールを強い高校で続けてみたい
と本気で思ったからです。

中学の、部活を引退すると、
学校が終わって、塾に行って、
塾から帰ってきて、毎日夜中の2時まで勉強しました。

なぜなら、私は遊び呆けておバカで、
夏の模試時点で
その高校合格率が確か30%くらいだったから。笑

そして、時はたち、私は晴れてその高校に
合格することができたのです。

 

中学校でつるんでいた意地悪な友達達は、
皆それぞれ別の高校へ進み、
私の新生活が始まりました。

高校では、いじめなども全くなく、
本当に平和な日々が続くのだと思っていました。

しかしここからが、地獄の始まりだったのです。

 

 

私が入ったバレー部は、北海道の公立高校で
1番強くそして、練習も死ぬほどきつく、
 

プレーがうまくいかないと、殴られ、蹴られ、髪を引っ張れ、
吐くまでボールを追わされ、倒れるまで拾わせられました。

男女が共同のバレー部だったので、
男子の方は顔を殴られ、口の中が切れていたこともありました。

今では、テレビで体罰と騒がれるでしょうが
そんなことはこのバレー部には日常茶飯事のことでしたし、
強くなるため、勝つためには必要なことだと
その頃は、信じて疑わなかったのです。

 

チームメートの中には悲劇的な結末を迎え
前歯が差し歯になってしまった先輩や後輩もいました。

ストレスで耳が聞こえなくった同期のチームメートもいて、

私も例外ではなく、ストレスで練習中に嘔吐が止まらなくなる時期もあり、
よく、疲労骨折になったり、ヘルニアになったりもしましたが
練習を休めたことなどありませんでした。

軍隊ですね笑

 

私はその当時怯えながらバレーボールをしていました。

なぜなら、ミスをする度に頭を殴られるからです。
誰だってミスするがな!
監督は本当に鬼以外の何者でもありませんでした。笑

 

しかしながら毎回、同じ場所を監督に殴られるので、日に日にたんこぶが大きくなる日々。

 

私は殴られる寸前に少し頭を傾けたり、たんこぶが大きくならないように

あたまの位置を必死に、そしてばれないように地味にずらすという技を覚えました。笑

 

ちなみにこの技は完璧に取得し高校3年間、使い続けることとなります。

 

勝利をつかむためには手段を選ばない。

努力をしない人間は、結果が出せない人間。

結果が出せない人間は、自分に甘い人間。

人よりうまくなりたい(優れたい)のならば、人の10倍努力しろ。

全ては白か黒かの勝負の世界。

 

 

恋愛禁止の部内、短い髪の毛、男らしい筋肉質の体。

体脂肪率が低すぎて生理が止まってしまったり、

ストレスで顔がこけクマがひどかったり、

色々なハプニングがありました。

 

 

しかし、チームメートは本当に最高で、
中学の頃のように一緒に悪さをした仲ではなく、
一緒に苦楽を共にし、真の信頼関係で繋がったいると感じました。

私はよく、仲良しの先輩とふざけて
練習終わりにドッキリなどをチームメートに
仕掛けて泣かせたり、びっくりさせたりすることも
大好きで、苦しい練習の狭間で楽しみを作り出して遊んでいました。笑

今でも先輩後輩そして同期とはよく飲みに行ったり遊んだりなんかもしています。

 

しかし、私の中にある女性性は完全につぶされ、男性性だけが強くなってしまい

この高校3年間で勝負の世界は甘くないということと、

忍耐力、精神力、肉体なども様々なものが鍛えあげられ

その一方で私の歪んだ部分は、
悲鳴をあげながらより歪んでしまい人を見下す癖のようなものも一緒についてしまいました。

 

 

 

その後、

無事に引退し高校も卒業することが出来ましたが、
私の中にある寂しさでぽっかり空いた穴がどんどんと大きくなってきた気がしました。
 

そう、
ここからが本当の悲劇の始まりだとはこの時はわかっていなかったのです。
3.うつ病になった19歳。