暴飲暴食・過食・拒食症で悩んでいる方へ。

 

 

 

過食症や、拒食症、暴飲暴食などは、心の問題と切っても切れない問題です。

 

 

私も10代の頃に、過食拒食を繰り返し、うつ病にまで苦しんだ経験があります。

 

 

 

しかし、当時本当に苦しかった経験をして、今私は良かったと思っています。

あの頃は、解決の糸口もどこに出口があるのかさえ分かりませんでした。

ずっと、出口がないトンネルの中にいたようで、目に見えるもの全てが暗く沈んで見えました。

自分の未来を想像することもできず、助けてほしくて毎日苦しんでいました。

 

 

 

 

 

拒食症も、過食症もすべて「孤独」が問題なのです。

当時の私には友達はいました。

これと言って、何か問題があったわけではなく、全ては自分自身の中で

起こっていた問題でした。

 

人は自分自身の感情、状態はすべて周りから受け取ってしまうと考えてしまいがちです。

しかし、真実は外側にある景色を自分自身というフィルターを通してみているのです。

フィルターがキラキラしていて明るく爽やかであれば、それを通してみた外側の世界も明るくキラキラしている世界に見えます。

しかし、フィルターが汚れていたり、曇っていたり、ひびが割れていたりすると、それを通してみる外側の世界も同じく、汚れて、曇り、ずたずたのように見えます。

 

常に自分自身という内面さえ、平和でいれば外でどんなことが起きようが

自分自身は平和で生きることが出来ます。

 

しかし、多くの幼少期、過去生で傷ついた傷は癒さなければ、傷がついたままです。

そして、私たちがこの殺伐とした社会を生きていく中、

様々な情報が飛び交い、多くの人間はネットやメディアの情報、

そして多くの人が信じていることこそ真実だと思っています。

 

しかし、たとえ多くの人が信じていようとなんだろうと、

あなたがこれこそが真実だと思ったことはそれがあなたの真実なのです

 

 

 

当時の私は、外見ばかり気にしていました。

自分は痩せていなければ、価値がない

 

こういった自分に間違った制限をつけてしまうことで

精神と肉体のバランスが崩れ、過食や拒食といったような症状に繋がってしまうのです。

 

 

自分をこの上なくよくわかってあげることが出来るのは、

この世界でただ1人、自分自身です。

 

その自分自身が、お前は痩せていなければ、かわいくなければ価値がない

といったように否定し、拒絶し、傷つけてしまう。

自分自身を1番に理解してくれるはずの理解者がお前は価値がないと言われる。

自分自身はどこにこの悲しい思いを吐き出せばいいのでしょうか?

誰に愛してもらえばいいのでしょうか?

誰に辛いと話を聞いてもらえばいいのでしょうか?

 

 

こういった感情たちは、愛が欲しいといった形に姿を変えます。

そして、自分という壁の中に誰もいれさせないよう、孤独を作った自分自身は

もちろん、誰にも相談できないですし、誰かに助けてもらうこともできないのです。

 

ただただこの自己嫌悪の中、苦しみ、泣き、人生の意味を見失います。

 

そして、拒食症・過食症の原因である食べるという行為。

愛が欲しいといった形は、普段私たちが幸せを感じている食べるという行為に走ります。

たくさん、食べれば私は満たされる。

心は愛を探して叫んでいます。

しかし、思考は食べることを禁じ、愛を欲そうとする自分を制します。

そして、お前はダメな人間なんだと、嘔吐といった形まで自分自身を追い込むのです。

 

 

過食症・拒食症で苦しんでいる皆さんは誰1人悪くないのです。

そして、価値がない人間など誰1人いなく、

本当は皆さん1人1人が価値のある人間で、素晴らしく特別なのです。

 

皆さんは、生まれてきてからずっと愛されています。

 

 

そして、どうかこの症状で苦しんでいる自分を責めないであげてください。

 

~でなければ、自分は価値がない

~でなければ、自分は愛されない

 

そういった考えはすべていったん片隅に置いておきましょう。

 

もう1度言いますが、

価値がない人間など1人もいなく、愛されていない人間など1人もいません。

 

 

そして、今苦しくてたとえ、闇の中にいたとしても絶対に光は見えます。

 

 

自分自身を責めず、自分の悲しかった思い、辛かった思い、悔しかった思い、

孤独だった思いを全てを肯定してあげてください。

 

 

そして、苦しみながら解決の糸口をさがして必死で頑張っている自分。

そして、ここまでたどり着いた自分をほめてあげてください。

 

もう、大丈夫です。

あなたは決して1人ではないのですよ^^